留学が、会社の理念に「Possibility(可能性)」を入れた。


黒人女性

おはようございます。Outgrow Japanの山本周平です。

 

留学・ワーホリ事業をやろうと思ったきっかけは、兄との電話がきっかけ。もしあの時に兄が一言言っていなければ、僕の頭の中に留学の「り」の字もありませんでしたから、感謝しています。

 

資料請求ボタンを押すとびっくり、その日のうちに電話がかかってきました。留学会社であれば当たり前っちゃ当たり前の話みたいですが、資料請求なんてしたのが初めてだったのでちょっと戸惑い。真摯に話を聞いてくれる担当者にちょっとした親近感や信頼感を感じたのを覚えています。

 

そんなきっかけで人生はじめての留学、人生はじめての海外を20歳のときに経験しました。いや〜なんというか、感動です。(笑) 閉塞感を感じて愛知県から横浜に行ったものの、結局つるむ人は同じで毎日鍋パーティの繰り返し。せっかくしにものぐるいで浪人生活を送ってめちゃめちゃ勉強して国公立大学に入学したのに「自分はなんのために大学に来たのだ?」と自問自答していた大学1年生。

 

そのときの自分に、衝撃を与えるには十分な出来事が留学だったなと感じます。小学生のときにALTの先生と話す以外で外国の人とコミュニケーションを取ることがなかったですし、フィジーみたいなところに留学に来てる日本人も少し変わっていました。当時は大学をストレートで卒業して、良い企業に就職するということ「しか」アタマにありませんでしたが、それ以外の選択肢があるのだな、と教えてくれた場所だと思っています。

 

結果的に僕は大学を2年生で休学し起業して辞める選択をすることになりましたが、もう少し僕が優秀でメジャーの大谷くんみたいに優秀だったら二刀流もできたんじゃないかなと思います。それぞれメリット・デメリットがありますから、もし相談されたら「大学は卒業したほうが良いよ」と今なら言うでしょう。笑

 

そんなこんなで、「留学」が僕の人生に大きな影響を与えてくれました。高校受験のときに漠然と感じていた「人生にはひとそれぞれの可能性がある」ということを実感した瞬間です。単純ですけど「世界って広いなー!もっと色んな人に出会えるし、いろいろな経験ができるじゃん!」と感動しました。

 

いまとなってはスゴイなと思うのですが、帰国した後に誰に頼まれることもなくお金をもらったわけでもなく「フィジー最高だよ!行ってきなよ!」と言って、大学の友だちを5人ぐらい送り込みました。代理店みたいなことしてましたね。笑

 

思い返してみれば、このときから僕は留学事業をやってみたかったのではないかな?と思います。では、どうして今フィジー留学ではなくて「REBORNワーホリ」に取り組んでいるのかというと……。

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2018年08月12日 | Posted in 山本周平のブログ, 留学・ワーホリ事業 | | No Comments » 

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